武道のケガ・セルフケア

武道と怪我に関する覚書(1)

2021年1月5日

武道を長年やっている人はどこかしら身体を痛めていることが多いです。

私がそのことを知ったのは子どものころで、居合道をやっていた父親から「武道をやってるのに身体を痛める人がいるが、これは稽古の仕方がおかしいのだ」と聞いていたからです。

実際、自分が空手を始めてからも身体を痛めている人を見て、こんなに実力がある人でも痛めてしまうのかと素朴に思っていました。なぜ、長年武道をやってる人が身体を痛めるのがおかしいと思っていたのかと言うと、武道は合理的な身体操作をするため身体の各部位に負担がかかりにくいと思っていたからです。

しかし、自分がもっと稽古するようになり、実際に自分が身体を痛めたり、理論的なことを学習するようになって、なぜ武道では身体を痛める人が多いのか、それを予防するためにはどうしたら良いのか、自分なりに理解できるようになりました。

武道・武術の鍛練でケガするのはなぜか

そもそも、人間は本能的に生活しているわけではなく、社会的に創造されてきた労働を行う動物である、というのがこの話の前提になります。

労働によって規定される人間の日常的な運動

ここでの「労働」とは単に働くことだけでなく、日常的に行うあらゆる動きのことです。人間の日常は、動物としての自然の動きとはかけ離れた動きによって構成されています。たとえば、長時間座りっぱなしで指先と目を酷使してデスクワークすること、工場の生産ラインやファストフード店で機械や他の人と一緒に効率化されたマニュアル通りの働きをすること、機械や農具を使っては畑を耕したり収穫したりすること、こういった動きはすべて、特定の生産活動をするために効率的に労働するために創出された、とある特定の動きを行うものになっています。

さらに言えば、都市は膨大な人間が効率的に生活できるように設計されているため、自然を歩くのとはまったく異なり、平らで滑ったり足を引っかけることもなく起伏も最小限になっている道路を歩き、また同じ高さの階段を上り下りする。つまり歩く、走る、登るといった日常的な動きも環境によって規定されており自然的な動きと異なります。

つまり、人間は人間によって創造された環境によって生きているだけで、その環境(道路、インテリア、家具、様々な仕事環境)によって規定された、自然的ではない動きをして生活していると捉えられます。

「労働」について詳しくはこちら

規定された運動を繰り返すことの影響

このように人間は不自然な、創造された形態で生活していますが、その動きは効率的、合理的に動けるように変えられてきたものです。つまり人間は特定の決まった動きを繰り返して生活しています。

特定の動きを繰り返すことによって、酷使されてしまう部分を痛めやすくなっていくということのようです。これは、特により高度なパフォーマンスを目指して動きを洗練していくスポーツや、より大きな筋肉を作ろうとする筋トレ、より合理的な動きを目指す武道では顕著なものであり、たとえどれだけ合理的な動きであっても、同じ動作を繰り返すことは身体を痛めることになるのだと思います。

武道・武術の動きも人間の本能のままの動きとまったく異なり、想像されてきたものですので、鍛練を繰り返すほど怪我をする可能性が高まるのではないでしょうか。

(医学的には、このような同じ動き、姿勢を繰り返すことで身体を痛めてしまうことが「反復運動過多損傷(RSI)」として研究されているようです。現代人のほぼ誰もが人生のうちのどこかの時点でかかるものだそう。)

解決策

では、こうした症状にかからないためにはどうしたらいいのでしょうか?

世の中には多くの解決策が提示されていますが、その多くは有効とはいいがたいようです。

『サピエンス異変』という読み物ででは、下記のように説明されています。

現代人は長時間座りっぱなしでいることで様々な疾病リスクを抱えているますが、その対応策としてよく、より良い姿勢で座れる椅子が発明されたりします。しかし、本当に必要なのは、同じ姿勢を長時間取らないということだそうで、生活の中で多様な動きを心掛けることが、身体を傷めず疾病リスクを下げる唯一の方法なのだそうです。

つまり、理想を言えば自然に近い多様な身体遣いをすることが、身体の健康を維持する方法であるようです。

文明的に規定された画一的な動きを繰り返す(もしくは身体を動かさない)ということ自体が、身体にとって弊害になるのであり、逆に動物的な動き=多様な動きを繰り返すことが身体にとって良い、ということだと理解しました。

自然に近い生活は怪我をしにくいのか

この話から、逆に自然に近い生活をしている人は身体を痛めにくいのだろうとも思いました。

その事例として面白いのが、南米の少数民族タラフマラ族(ララムリ)の人々です。ララムリの人々は、村の祭りで大自然の山の中をフルマラソンをはるかに超える距離走り続ける(100キロ以上も)ことで知られています。子供から老人まで、男女も関係なく走り回るそうで、その速さ、タフさは世界のウルトラランナーが注目するものだそう。

しかも、彼らは日常的に超長距離を走っているのにも関わらず、ランナーにつきものの怪我と無縁であるといいます。彼らは高価なスニーカーなどは持ってません。履いているのはタイヤを切り取って紐をつけたような簡素なサンダルです。もちろん、最新のトレーニングもストレッチも知りません。

それなのに怪我と無縁で走り続けられるのは、1つは人間が生産した高価なスニーカーを履かないことにあると指摘されています(詳しくは『Born to run』をお読みください)。また、これは推測ですが、平坦で堅く変化のないトラックや道路を走る一般的なランナーと異なり、起伏が豊富で足の裏にかかる刺激は常に変化し、足を様々な角度、力加減で使わなければならないという、自然の中における走り方にも怪我をしにくい理由があるのではないかと思います。

足を多様な使い方をするために、特定の一定の運動を繰り返したり、特定の部位のみに負担がかかるということがないのではないかと。

武道・武術の鍛練「だけ」では怪我しやすい?

よって、現代の古武道を修業する人も、どれだけ優れた技を鍛練しているのだとしても、その動き「のみ」の生活にせず、多様な運動を心掛けることが重要なのではないかと思います。

とある流派では、海の中で無秩序に身体を動かすことを取り入れているそうです。多様で無秩序な動きをすることで、身体の体系性を取り戻していく、ということがポイントなのではないかと思います。

現代の武道家は、文明的な身体をあまり使わない生活をしつつ、鍛練だけはしっかりやってしまうため、武道的な動きによって身体の体系性が崩され怪我に繋がってしまう、ということがあるように思います。これらについて詳しくは、南郷継正「夢講義」シリーズで解説されています。

特に現代は、古武道となるものを創ってきた昔の侍より、ずっと長生きする人がほとんどであるため、高齢になっても動けるように若いうちから予防していくことは必須であると思います。この点について、私自身、もっと研究と実践をやっていく必要があると考えています。

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