剣術指導記

剣術指導の覚書(1)2020年12月22日

2020年12月23日

2020年12月22日:都内

3人の参加者に勢法一刀之太刀を指導。

2人はここ数年定期的に稽古してきた人で、1人は入門1年程度。ようやく一刀を使って、打ち合う稽古(組太刀)まで進むことができました。

他武道で身についた癖と剣術の動き

他流の剣術を稽古してきた人や、剣道をやってきた人に指導して思うのが、どうしても他流・他武道の動きの癖がなくならないということです。

当流の動きは体幹、特に胸背部を使った斬りに特徴があり、これは日常生活の延長になく身に付くまでに何カ月、何年と鍛練し続けなければならないものです。もちろんそれは「ここまでできればOK」というものもなく、鍛練し続けることで徐々に身体そのものを作り替え、身体の動かし方を知っていかなければなりません。

普通の生活をしているだけでは、胸背部がこれほど自由に動くということも、それによって生の力に頼らずとも大きな力が出せるということも未知でしょう。剣術という伝統的な身体文化を通じて、古来に生まれ継承されてきたその一端を感じることができるということは、本当に価値のあることだと思います。

ただし、当流の動きは日常生活やスポーツの延長にはないため、身体の動かし方をゼロから身に付けて行かなければならず、それは絶えざる違和感との戦いになります。

また、他流・他武道ではそれぞれ身体の動かし方が異なるために、その癖を取って当流の動きができるようになるまで、無意識的な動きをやろうとする身体に対して、何度も間違いを指摘し、違和感のある「正しい動き」を強制していく必要があります。

このプロセスは非常に地味ですが、特に最初のうちは時間をかけて行わなければなりません。このプロセスに耐えられず、丁寧な鍛練を避けて次に行こうとする人は、古流の武道には向いていないと思います。

剣術的な振りを身に付けるポイントの指導

この日の場合、斬りが剣道的な手首、肘の力を使った斬りになってしまうため、それを体幹を使ったもの、身体の重みを使ったものに修正することを指摘。

剣道経験があると、軽い木剣なら簡単に振れてしまうが、これが真剣なら同じ動きができるか?片手なら?別の状況なら?といことを考えると、結局、剣道的な斬りではなく当流に伝わっている動きを身に付けることが重要である、ということが分かっていくと思います。

初心者は自分だけではすぐに無意識に、楽な動きを行おうとしてしまうため、指導者は常に観察し修正しなければなりません。

幸い、現在通ってくれているみなさんは非常に素直に指導を受け入れてくれるため、上達することができています。

今回の発見

指導する側としても様々な発見があります。

この日、主に指導したOさんは、長年剣道をやっていて剣道二刀の経験もあります。

そのため、型として伝わっている動きについて「なぜここでこういう動きをするのか」という率直な質問をされます。

型の動きは、確かに直感的には分からないものも多く、なぜこんなキツイ体勢を取るのか?なぜこんな動き方をするのか?こっちの動きの方が良いのではないか?という疑問が出てくるもの。

このような疑問に対して「そう伝わってるからつべこべ言わずにやれ」とは言えません。こういうことは指導者が自分で答えを出して伝えられなければなりません。

しかし、長年やっていると初心者のころに持ったような素朴な疑問は忘れ、動きを自明のものとして疑わなくなりがちになります。そのため、初心者から率直な疑問を与えられ、それについて改めて検討することは指導する者としても非常に有益な機会です。

ただし、やはり伝統として伝わってきていることにはそれなりの意味、価値があるということを前提に考えなければなりません。

現代という時代に規定されたいち現代人である自分の理性など、戦闘が日常だった時代の人々が生み出した技の理合を理解する上で十分なものであろうはずがありません。限られた理性で伝統的なものをジャッジし簡単に変えたり、理解できないものとしてはねのけてしまってはなりません。

理解できないものを白黒つけずに、心にとどめたまま考え続けるというのは、現代でも(現代だからこそ)重要なことです。したがって、指導者としては容易に答えを伝えず考えてもらう、という指導の仕方も工夫しなければならないのかもしれません。

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